おはようございます!
金曜日雑学担当、顧問の坂入です。
個人所得税の確定申告期限最終日の朝です。TZCの皆さん、
このメルマガを開いている暇はないでしょう。ご同情いたします・・・。
確定申告は、先週中に・・・、いや、先月中に済みましたという余裕の
読者の皆様、改めて・・・おはようございます!
今週は、日本刀の中でも「名刀中の名刀」と呼ばれる「正宗」です。
TZC<104>:刀剣について:其の14
(13)相模の国:五郎入道正宗
日本刀の話をするとき、誰しもが「最高位の刀工は?」という問い掛け に「正宗」と答えるでしょう。
「五郎入道正宗(通称:正宗)」は、鎌倉時代末期から南北朝初期にかけて
の、相模の国で「相州伝」と呼ばれる作刀技術を完成させた刀工です。
鎌倉鍛冶の基礎を築いた「左近国綱」の子「新藤五国光」の門人である
「藤三郎行光」を父親に持つ「正宗」の時代は、正応年間(1288~ 1293年)から嘉暦年間(1326~1329年)
にかける幅広い 長期間にわたって活躍しています。
「行光」「正宗」親子が活躍した時代を「相州伝上期」と呼び、後の「中期」 (南北朝時代)ほどの事ではありませんでした。「正宗」の相州伝は「
行光 からの山城伝」と「備前三郎国宗からの備前伝」の作風を基本とした、
華や かさと耐久性、
切れ味等々を兼ね備えた刀剣の創造を目指したものだったと 伝わり
ます。是は、それまでの鎌倉武士が経験した、 二度にわたる元寇に よる実戦への要望が背景にあったからだとも言われています。
「相州伝上期」の刀剣は、「焼き幅」つまり、刃紋の部分が幅広いのが特徴 で華美に見せるためには焼き幅が広くなるのは必然でありますが、
刀剣そのも
のは波紋が幅広く華美になることは、強度が損なわれるものでした。当然に、
耐久性に問題が生じ、対応策として、刃先の物打ち部分を狭くして、斬撃を
浴びせる際に、最も威力を発揮する部分が弱くならないような工夫がなされ
ました。
「正宗」の刀剣を最大に評価したのが「豊臣秀吉」でした。秀吉が「天下の名 工」と喧伝し、諸国の武将にも絶大な人気を博しました。
強靭な刀身を備えた 「正宗」は、戦後乱世を経験した武士階級では、乱世が終焉を迎えて、
合戦が 無くなっても、その人気は衰えることは有りませんでした。
鑑賞と武用の両面の価値を兼ね備えての信頼と、鎌倉以来の名工としての評価
が要因だったとも伝わります。江戸時代に入っても人気は衰えず、需要の高さ から偽作・偽名が蔓延しました。明治の時代に入って、「正宗」
の刀と称され るものは、3千振りもあったとも伝わります。
評価 ⇒ 2000万円~
*相州伝五郎正宗に学び、「山城伝」「備前伝」を継承して新たな「相州伝」 を創造した正宗の技術を修めて、実力を発揮した刀工十名を指して「
正宗十哲」 と呼びました。
1.来 国嗣 山城の国:正応年間
2.長谷部国重 山城の国:延文年間
3.志津兼氏 美濃の国:元応年間
4.金重 美濃の国:元応年間
5.郷 義弘 越中の国:元応年間
6.則重 越中の国:嘉暦年間
7.直綱 石見の国:建武年間
8.二代兼光 備前の国:延文年間
9.長義 備前の国:建武年間
10.左 筑前の国:元応年間
今週は、ここまでです。 31.3.15 坂入 拝