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刀剣について:其の22(長谷部国重)

2019年05月17日

おはようございます! 
 
金曜日雑学:リラックス担当、顧問の坂入です。 
 
 
相変わらずの税務に無関係な雑学です!!! 
 
 
 
<TZC112>刀剣について:其の22 
 
 
(21)山城の国:長谷部国重 
         (へし斬り長谷部:正宗十哲の一人) 
 
 
 延文年間(1356~1361年)の刀工、「長谷部国重」は、 
 
山城の国(京都)の鍛冶で、相州正宗の門下で「正宗十哲」 
 
の一人に数えられる、南北朝時代の名匠とされています。 
 
 
脇差や短刀に多くの銘刀が遺されています。 
 
 
 数少ない太刀では、織田信長の愛刀「へし(圧し)斬り長谷部」 
 
が有名です。「へし(圧し)斬り」とは、奇妙な異名ですが、信長の 
 
下の茶坊主「観内」が失策を犯して、信長が手打ちにしようとした 
 
ところ、観内は逃げ出して食膳を仕舞う棚の下に隠れました。 
 
信長は、愛刀の「国重」の太刀で棚ごと上から圧し斬りにしたとこ 
 
ろ、通常は生身の人間を棚毎一刀両断にはなかなかできるもの 
 
ではなく、棚板に国重の刃を押し当てて、力任せに圧して押し切 
 
ったことから、この事件の切れ味の凄さから「圧し斬り長谷部」の 
 
異名が付けられたと伝わります。 
 
 
 二尺一寸四分で遺されていますが、茎を切断して、鍔元に近い 
 
部分の刀身を新しく茎を作る「大摺り上げ」によって、長大な太刀 
 
を打ち刀のサイズに作り直したものだと伝わります。 
 
 
 身幅が広く、反りが三分(約0.9㎝)と極端に浅く、異風の外見で、 
 
直刀に近い豪壮な刀となっています。 
 
 
 茎の表に「黒田筑前守」、裏に「長谷部国重 本阿弥(花押)」と 
 
刻まれ、金象嵌銘は、本阿弥光徳の手によるものだと言われ、 
 
本阿弥家は足利尊氏の刀剣奉行を務めた妙本を祖とする刀剣鑑 
 
定の大家で、九代当主の光徳は、徳川幕府公認の鑑定機関である 
 
「刀剣極所:とうけんきわめどころ」を拝命した大物鑑定家でした。 
 
この金象嵌と花押は、鑑定の結果として刻まれたものです。 
 
 
 信長から「黒田如水」に下賜され、「如水」歿後は、息子の「長政」に 
 
受け継がれ、代々黒田家の重宝として秘蔵されました。 
 
現在は、国宝指定されています。 
 
  評価:圧し斬り長谷部⇒1000万円~ 
 
今週は、ここまでです。来週は「千五村正」徳川に祟る妖刀です。 
 
 
                   元、5、17  坂入 拝