おはようございます!
金曜日雑学担当、顧問の坂入です。
4月1日エイプリルフールですが?
・・・冗談抜きで、新元号の発表が有りました!
「令和」=「れいわ」
10連休中に「平成」から「令和」に切り換わります。
私からの「平成のメルマガ」も、今週を含めて4回です。
<TZC107>刀剣について:其の17
(16)美濃の国:志津兼氏(正宗十哲の一人)
「志津兼氏:しずかねうじ」」別名「包氏」とも呼ばれました。
応長年間(1311~1312年)の刀工で、大和の国の刀工集団
「手掻一門(てがい)」に、「大和伝」の作刀技術を学び、美濃の
国(岐阜)の志津山に居を移して、元応年間(1319~
に新たに「志津一門」を構えています。
大和での作刀を「大和志津」、美濃に移ってからは「志津三郎兼
氏」と呼ばれています。
「包氏」改め「兼氏」は、大和伝と併せて「相州伝」の技術を究め
た名工とされ、「正宗十哲」でも屈指の刀工として位置付けられ
ています。
太刀は、徳川家康の「分部の太刀」、短刀では「稲葉志津」など
数多くの名物を遺しています。
*「五カ伝」の内、平安後期の保元年間(1156~1159年)
多くの刀工が存在した美濃の国でしたが、この「美濃伝」が最
も遅く技術が確立されたと伝わります。
前述の「兼氏」は、大和伝に相州伝を加味した作風で、美濃の
国に移住して、美濃の作刀技術の向上に貢献した伝播者だっ
たとも言われています。
「美濃伝」の特徴となった、「互の目乱れ:ぐのめみだれ」という
鋭い刃紋が交じるようになった点は、「兼氏」が美濃に移住した
後に影響を受けたからだとも言われています。
評価 ⇒兼氏:1800万円~
31.4.5 坂入 拝
・・・来週は、筑前の国の「左:左文字」を紹介します・・・