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征夷大将軍について(第1回)(2018/02/02)


 

 

 

 

おはようございます!
東京税経センター顧問の坂入です。

 

チャンバラ小説からの徒然をお送りしてきました。今回から

予告では、「剣豪の話」「刀剣の話」へ移ろうと思っていました

資料は手元にありましたが、毎日のメルマガに適した内容と

容量に整理を始めましたが、間に合いませんでした。

 

<予告篇・・・武術の体系化の始まりは、常陸・下総から>

 

こういう言葉があります。

「坂東七流・京八流」・・・それぞれの地に伝わる刀術の流派の
ことです。

*日本最古の刀術は、古墳時代前期:4世紀頃の常陸(ひたち)
の国の「鹿島神宮」の祝部(ほふりべ)=神官であった、
「国摩真人(くになずのまひと)」によって編み出された
「鹿島の太刀」だったと言われています。

この「鹿島の太刀」を鹿島神宮の七人の神官が継承した
ことから「坂東七流」と呼ばれています。

これが「刀術」の体系化された最古のものだと伝わるのです。

以上のようなことをメインテーマとして「剣術のこと」「刀剣のこと」

を順序立ててお送りしたいと思い資料を整理しております。
 

さて、チャンバラ小説、それは「足利時代の剣豪もの」「戦国時代の

忍者もの」「下克上の武将歴史もの」「江戸時代の捕物帳・幕閣の

権力争い」等々テーマは際限なく存在します。

 

そんな中で、某所で「先生、将軍様ってなんですか?」という単純な

疑問を投げかけられて、ちょっと調べてみた経緯がありましたので、

この間を埋める意味で、「江戸事情」シリーズから、「征夷大将軍」、

チャンバラ小説に出てくる「将軍様」「上様」と呼ばれている、幕府の

統領、武士の統領のことを数回に分けて述べてみたいと思います。

 

<最後の征夷大将軍>

慶応3年(1867年)11月、徳川家第15代将軍「徳川慶喜」が、

京都二条城で執政権を武士政権である徳川幕府から朝廷に返還

する「大政奉還」を執り行いました。

 

同年の「王政復古の大号令」によって、日本から約270年続いた

徳川幕府征夷将軍(初代征夷大将軍から約1000年の45代目)、

つまり「将軍様」は消えることになりました。

 

慶喜は、徳川幕府の15代将軍です、しかし、前述のように、征夷

大将軍としては、第45代目に当たると言われています。

 

<最初の征夷大将軍>

初代はといいますと、794年桓武天皇の任命による「大伴弟麻呂」

でした。その職制の「征夷大将軍」は、朝廷(王家)に逆らう夷(えみし)

を征伐させ北国の先住民族である「蝦夷:えみし」を従属させることで

した。朝廷軍の大将であり、この時の「夷」とは、当時大陸から輸入さ

れて花開いた「仏教文化」の仏像や寺院の建造の為に必要とされた

「金箔」を、それまで大陸からの輸入に頼ったのですが、従来、単に

原始的な先住民の住む「陸奥:蝦夷」の国で金産出の知らせを受け、

「金」の供出を強制し、これに抵抗を受けたことに対する制圧軍(征夷)

の大将としての「征夷大将軍」だったのです。

 

歴史上有名になったのが、第2代征夷大将軍「阪上田村麻呂(さかの

うえたむらまろ)」でしょう。

 

坂上田村麻呂が、何故有名になったのか?

征夷大将軍への勝手な理解について、来週から考察します。

お楽しみに・・・!       30.2.2 金曜日担当 坂入 拝

 

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