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武士の暮らし(第5回)(2017/09/22)


 

 

 

おはようございます!
東京税経センター顧問の坂入です。

毎朝のメルマガは、硬い税務や経営の話だけを読み続
けると肩が凝ってきます。

週末の朝は、税務の話ではなく、わたくし個人の勝手な
趣味となっています「チャンバラ小説・時代劇小説」から・・・。
興味が無い皆さんにも、「こんな見方もあるのだなー」
と・・・・・斜めに読み流していただければ幸いです。

 

江戸の武士と商人

 

札差(商人の代表として)の実力

 

大川(隅田川)に面して、8本の掘割が櫛の歯状に作られて、北から

順に、1番堀、2番堀と8番堀まで名づけられた河岸が、約625mと

いう長い河岸に沿って、67棟もの「御米蔵」が建てらているのが「幕

府の御米蔵」だと先週述べました。

 

この御米蔵に出入りするための戸(入口)の総数は354にも及ぶも

ので、この「戸前(掘割の並ぶ陸地側の御米蔵の御門外の地)」に、

つまり、「御米蔵の前」の通りに面して店を構えたのが「札差」でした。

 

御米蔵を管理する幕府役人の「書替奉行」や「御蔵奉行」の役宅、荷

(米俵)を運ぶ「小揚者(軽輩の役人)」の組屋敷などがこの界隈に集

中していたことからも、当然に「札差」の店もこの蔵前の通りに集中し

たものと思われます。

 

享保9年(1724年)に「株仲間(運上金を納めて同業者の権利を確保

する組合のようなもの)」を結成して以来、札差は直臣への金融を独占

する権利を公議から正式に認められることになり、結果として、江戸の

街でも有数の分限者(金持ち)となりました。

 

その派手な身形は「蔵前風」と呼ばれ、人気を集め、吉原遊郭の妓楼

を買いきったり、歌舞伎役者や相撲取りを個人的に贔屓にしたり、文

人墨客を援助するなど、財の消費を惜しむことなく、贅を尽くして、その

粋さを競い合う「通人」として、江戸の庶民文化の先達となっていきました。

 

通称「蔵前通り」と」言われ、幕府の御米蔵が建ち並び、享保9年からの

109株と定められた「札差」の大部分が、天王町組、片町組、森田町組

と、3っつの組下に所属して、更に、6番に組み分けされて、この「御米蔵」

の前の通りに集中して店を構えたのでした。

 

・・・武士の給与(お米)に関与した商人の隆盛ぶりがお分かりいただけた

ことと思います。一方の武士の暮らしは?・・・

来週へ・・・。

 

 

 


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