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東京税経メルマガ



江戸四宿の二<板橋宿:中山道>(2017/07/28)


おはようございます!
東京税経センター顧問の坂入です。

毎朝のメルマガは、硬い税務や経営の話だけを読み続
けると肩が凝ってきます。

週末の朝は、税務の話ではなく、わたくし個人の勝手な
趣味となっています「チャンバラ小説・時代劇小説」から・・・。
興味が無い皆さんにも、「こんな見方もあるのだなー」
と・・・・・斜めに読み流していただければ幸いです。

 

江戸の街の起点である「日本橋」を早立ち(午前四時ごろ出

発)して、「中山道(中仙道)」を歩いて、最初の宿場が「板橋

宿」です。

 

「平尾宿・中宿・上宿」の三つの街で構成されていました。

 

本陣や脇本陣は「中宿」に設けられ、庶民が泊まる(あるいは

遊んだ)宿場は「平尾宿」だったようです。

 

ここには、150人からの遊女(飯盛り女)を置くことが黙認され

、旅人に限らず、江戸の住民や武蔵の国の近隣の村々から遊

女目当てに遊びに集まり、大繁盛したと伝わります。

 

中山道は、加賀百万石の前田家の参勤交代街道で、結果とし

て、板橋宿に隣接して「前田家の下屋敷」が設けられ、さらに、

江戸に向かうと、巣鴨に「中屋敷」(現在の六義園の場所)、更

に進んで、本郷に「上屋敷」(現在の東京大学)・・・前田家の位

階が「大納言」であったことから、その表現として「赤門」が許さ

れました・・・と、中山道板橋宿から江戸までは、加賀前田家の

屋敷が連なる地域でした。

 

*参考*
参勤交代が免除され江戸常府が義務付けられた「水戸徳川家」

は許された位階は「中納言」でしたので許された門の色は「黄色」

、つまり「黄門」です。⇒だから「水戸黄門様」なのです。

 

話はそれましたが、要は、中山道は、外様大名で最大の百万石

を擁した「前田家」のために有ったと言っても言い過ぎではありま

せん。途中の「越中」「信濃」「上野」などの大名もおりましたが、

圧倒的に加賀前田家最優先の街道筋でした。

 

百万石の参勤交代です。その行列は、早朝に本郷の上屋敷を出

た先頭が、板橋宿に差し掛かっても、最後尾は未だ上屋敷を出て

いなかったとも言われています。

 

板橋宿の名物は、「上宿」の街道沿いにある「榎(えのき)」の大木

でした。この榎の下を婚礼行列が通ると、不縁になるという言い伝

えがあり、通称「縁切り榎」と呼ばれていました。

 

来週は、内藤新宿です。

 

・・・なぜ「新宿」なのか?なぜ「内藤」なのか?

 

 

 

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