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東京税経メルマガ



江戸四宿(6回)(2017/07/07)


おはようございます!
東京税経センター顧問の坂入です。

毎朝のメルマガは、硬い税務や経営の話だけを読み続
けると肩が凝ってきます。

週末の朝は、税務の話ではなく、わたくし個人の勝手な
趣味となっています「チャンバラ小説・時代劇小説」から・・・。
興味が無い皆さんにも、「こんな見方もあるのだなー」
と・・・・・斜めに読み流していただければ幸いです。

 

街道と海路の整備

 

参勤交代の為の街道整備は前回までに述べてきました。しかし、陸路

の整備が進むと、諸国から京・大坂・江戸などへの人の移動する機会

が増えるに従って、「物」の流通も活発化しました。

 

此の頃の「物」の大量輸送の手段は「舟・船」でした。ということは「水運」

のための道、つまり「水路(河川)」「海路」=河岸や湊(港)の整備も同時

に進められました。

 

諸国の大名と幕府が協力して「沿岸海路」を整備しました。江戸と上方(関

西)を結ぶ「南海路」は早くから整備され存在していましたが、「菱垣廻船」

と呼ばれる荷船が元和元年(1619年)から就航するようになり、後には、

酒樽専門の「樽廻船」も加わるようになりました。

 

これらの「廻船」は、「弁財船」と言われる帆走専用の千石船が使用されま

した。

 

紀伊水道から伊勢湾、駿河湾、相模湾の各湊を伝って上方から江戸に繋

がる「南海路」の他に、河村瑞賢が「東廻り海運(江戸から太平洋を、銚子

常陸・磐城・伊達・南部と北上して津軽海峡を廻って日本海に抜けて南下

する海路)」を新たに整備し、江戸と全国各地を結び、経済或いは財政の

基本である「米」に限らず、諸国の特産品(酒・塩・魚介・皮革等々)の国内

交易が盛んになりました。

 

これらの航路の整備は、諸国の沿岸の湊の整備によるものでした。

 

「米」などの量の多い物産は、水運に頼りましたが、人の往来は、大名行列

の為の街道整備の恩恵で、徒歩や馬により、安全なものになりました。

 

徳川幕府の統治による平安な世情のお蔭で、庶民の暮らし向きも安定す

ると、街道の往来は武士だけに限らず、庶民の往来も盛んになりました。

特に、江戸に近いところでは、伊豆・箱根、或いは、上州草津などの湯治

場や相模の大山詣や江の島詣等々、遠くには「お伊勢参り」や「富士講」

など信仰と遊山行脚などが盛んになりました。

 

但し、「入り鉄砲・出女」の関所の監視の都合上、庶民の移動も、男性中

心とならざるを得ませんでした。

 

・・・いよいよ「江戸の四宿」の話になりますが、それは、来週へ・・・

 

 

 

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