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東京税経メルマガ



江戸四宿(5回)(2017/06/30)


おはようございます!
東京税経センター顧問の坂入です。

毎朝のメルマガは、硬い税務や経営の話だけを読み続
けると肩が凝ってきます。

週末の朝は、税務の話ではなく、わたくし個人の勝手な
趣味となっています「チャンバラ小説・時代劇小説」から・・・。
興味が無い皆さんにも、「こんな見方もあるのだなー」
と・・・・・斜めに読み流していただければ幸いです。

 

幕藩体制とは

 

厳密に言いますと、江戸時代は「藩」という用語は存在しません

でした。「藩」ではなく「領」が正しい体制用語でした。「藩」という

言葉を用いたのは、幕末における明治新政府側の「廃藩置県」

の時からのようです。

 

チャンバラ小説を読むと、作家の皆さんは「〇〇藩」と記述して

いますので、ここでも「藩(領)」を使うことにします。

 

「幕藩体制」とは、「主」である将軍から認められた領地(或いは

知行地)と領民を、独立支配を保証された「従」の領主(大名)が

「領地(藩)」を形成して領主として治世し、その全国の領地(藩)

を幕府が統合支配する封建体制を総称したのが「幕藩体制」だ

と言われています。

 

領民(諸国の人民)にとっては「領主(藩主)」が公議であり、「幕

府」は「大公議」となりました。一種の幕府から地方の領主に対す

る委任統治の形態だとも言われています。

 

「領地(藩)」=「大名(領主:藩主)」は、その石高を1万石以上

の者を言いました。

一方、徳川幕府直属の軍事力(家臣)は、1万石未満の旗本(

俗に、旗本八万騎とも呼ばれています。)や御家人に該当し、

江戸城の守りの要となる地域(江戸城を取り巻くように、特に、

現在の千代田区番町に屋敷を設けて、江戸に常駐し、知行地

(領地)も現在の神奈川・埼玉・千葉(相模・武蔵・下総・上総)な

どの江戸に近い「関八州(相模の国、武蔵の国、安房の国、上

総の国、下総の国、常陸の国、下野の国、上野の国」)などの

地域に所領させられました。

 

街道整備

幕府を開いた家康は、五街道及び脇往還の整備を進めて、参勤

交代の為の「宿駅」を定め、宿駅には公用の荷駄の運搬を継ぎ送

る「人足と馬」を常備する「傳馬役勤め」を定めて、本陣・脇本陣の

宿泊施設を充実させました。

 

併せて、公用の通信制度として「継飛脚」を設けました。

 

諸国の大名が自領地独自の「大名飛脚」を設け、民間では、「三度

飛脚=大阪」「順番飛脚=京」「定飛脚=江戸」などを制度化して飛

脚問屋を利用しました。

 

蛇足ですが、江戸時代の博徒の旅姿・・・一時代前のテレビドラマの

「木枯らし紋次郎」の格好を思い出してください・・・エッそんなドラマ

知らない・・・そんな世代の人はお父さんに聞いてください・・・

つまり、博徒の旅姿の象徴的なものが、頭の上の「三度笠」でしょう。

この三度笠を初めて使ったのが、先にあげました「三度飛脚」だった

ので、「三度笠」と呼ばれるようになったと言われています。

 

・・・今週はここまで、来週は、海・河川の交通網を・・・

 

 

 

 

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