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東京税経メルマガ



江戸四宿2回(2017/06/09)


おはようございます!
東京税経センター顧問の坂入です。

毎朝のメルマガは、硬い税務や経営の話だけを読み続
けると肩が凝ってきます。

週末の朝は、税務の話ではなく、わたくし個人の勝手な
趣味となっています「チャンバラ小説・時代劇小説」から・・・。
興味が無い皆さんにも、「こんな見方もあるのだなー」
と・・・・・斜めに読み流していただければ幸いです。

 

2.江戸幕府体制の基礎づくり江戸の街つくり

 

関ヶ原の戦いで勝利し、清和源氏の末裔という事実を全面に押し出して

「征夷大将軍」の宣下を受けて、幕府を江戸に開いた徳川家康は、幕府の

安定のために、最大の不安要素であった「豊臣家」と「秀吉恩顧の西国大名」

や関ヶ原で豊臣軍に参加して取り潰した「関ヶ原浪人」を大阪冬の陣と夏の

陣で打ち破り、豊臣一族を廃絶に追い込みました。

 

これに並行して、幕府の継続は徳川家という事実を固定化させるために、

早々に征夷大将軍の地位を「秀忠」に継承させることに成功します。

 

この継承によって、幕府の後継者は家康の直系に限られるとの意思表示を

全国の大名と朝廷に明確にし、加えて、徳川幕府と各地の領主との体制の

強化と武士と公家の関係を明らかにすると同時に、その役割を明確にする

ことを目的に「公家諸法度」と「武家諸法度」を定めました。

 

「武家諸法度」では、1万石以上の領地を与えた者を「大名」として、城も1国

1城に制限し(結果として城無し大名が数多く発生しました、これを「陣屋大名」

と言いました)、その妻(正妻)と嫡男を江戸屋敷に常駐させて一種の人質とし、

大名本人は、1年おきに国元と江戸とを交代で勤務させる「参勤交代制度」を

導入して徳川政権への臣従を誓わせました。

 

一方、江戸においては、徳川家の家臣(直臣と呼び、1万石未満の旗本や

御家人など)の居住用地と、参勤交代で江戸に勤務する大名やその家臣(陪臣)

のための江戸屋敷用地を確保するため、日比谷入江を埋め立て、神社仏閣を

お濠の外側に移転させ、江戸を武士の街とする整備を最優先させて街づくりを

しました。

 

この街づくりの重点は、「武家屋敷」の整備と参勤交代のための「街道」及び

「宿場」「傳馬」などの整備でした。

 

・・・・今週は、ここまで・・・

 

 

 

 

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