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東京税経メルマガ



平将門(第9回)(2017/03/24)


おはようございます!
東京税経センター顧問の坂入です。

毎朝のメルマガは、硬い税務や経営の話だけを読み続
けると肩が凝ってきます。

週末の朝は、税務の話ではなく、わたくし個人の勝手な
趣味となっています「チャンバラ小説・時代劇小説」から・・・。
興味が無い皆さんにも、「こんな見方もあるのだなー」
と・・・・・斜めに読み流していただければ幸いです。

・・・

将門公の祟りは、現代まで続きました。

 

第二次大戦の終戦を迎えて、この大手町一帯は、

GHQに接収され、GHQは、ここに巨大なモーター

プール(駐車場)を建設することになり、造成するた

めブルドーザで首塚を壊そうとしたところ、オペレー

ターが転倒転落事故で死亡するという事態が発生

しました。

 

日本政府や地元民から「首塚」にまつわる将門公

の祟りについて説明が行われ、「首塚」の保存が

GHQの統制下でもなされました。

 

その後も、周辺ビルの再開発の度に事故が度々

起こり、その都度「祟り」が噂され、鎮魂の祭事が

執り行われてきました。

 

身近なところでは、昭和40年、大手町の合同庁舎

2号館(2代前の東京国税局)の建築工事の際には、

着工時にお祓いをしなかった某ゼネコンの基礎工事

中に、掘削工事の途中で突然大崩落が起こり、周辺

企業からの指導で、あわてて鎮魂のお祓いを行った

り、直近では、旧長銀のビルが建築されて、「首塚」に

背を向けて机が配置された幹部クラスが次々と病気

になり、配席をし直したり、同長銀が内幸町に移転し

て直後に破綻したのも、挨拶せずに移転したからだ

とも噂されました。

 

昭和34年のGHQの接収解除と同時に、長銀は隣接

地を取得してビルを建設、以来、30年以上もここに本

店を置き、建設時の事故や社員の病気などの経験か

ら、「首塚」の保存会メンバーにもなってきた同銀行が、

平成5年に大手町から内幸町に本店ビルを建設して

移転しました。保存会メンバーから離脱して5年後に、

ご承知のように、破綻しました。

 

移転後の崇敬が足りなかったからだとか、移転の挨拶

が無かったのではないか、等々の噂が飛び交いました。

 

今でも、毎朝保存会メンバーが交代で、清掃して献花し

ていることに納得できるでしょう。

 

来週は、

明治新政府が、将門公よりも畏怖した神霊が・・・?

 

将門公よりも強い「祟り神」が存在したことを付記します。

 


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