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東京税経メルマガ



明治新政府と将門公(2017/03/10)


おはようございます!
東京税経センター顧問の坂入です。

毎朝のメルマガは、硬い税務や経営の話だけを読み続
けると肩が凝ってきます。

週末の朝は、税務の話ではなく、わたくし個人の勝手な
趣味となっています「チャンバラ小説・時代劇小説」から・・・。
興味が無い皆さんにも、「こんな見方もあるのだなー」
と・・・・・斜めに読み流していただければ幸いです。

 

将門公の祟りは天皇親政と関わりが?

 

<明治新政府と将門公>

江戸時代、江戸城に山車や神輿が練りこみ、天下祭り

と称されてきた、江戸っ子庶民の誇りでもあった「神田

祭り」は、明治17年になってようやく復活します。

 

山車が46台も繰り出し、江戸時代以上の盛大なものを

標榜しましたが、祭礼日の9月15日になると、昼ごろか

ら激しい暴風雨に襲われ、山車が転倒して大破したり、

山車を曳いていた30頭以上の牛が死んだり、将門公の

霊威未だ鎮まらずという風聞が広まりました。

 

神田明神(江戸っ子は相変わらず「神田神社」とは呼ばず

に「明神様」と呼びました)の氏子連の永年の宿願であっ

た主祭神としての将門公の復活は、第二次大戦後に、新

たに設けられたれた「神社庁」との繰り返し行われた折衝

の結果、昭和59年に神田神社の三ノ宮としての複座奉斎

が実現しました。

 

この時、盛大な遷座祭を挙行し、三ノ宮鳳憐(ほうれん)を

建造すべく寄付を募ったところ、予算を大幅に上回る金額

が、瞬く間に集まり、江戸っ子の中での将門公信奉が衰え

ていなかったことが証明されました。

 

日比谷通りを神田橋から東京駅方面に進み、右手にプロミ

ス(旧長銀)と三菱銀行(現在再開発中)との間を皇居方面

に右折した路地の右手の一角に小さな祠と清浄なる空間

があります。

 

そこが「神田明神」以上の信奉を集める「将門の首塚」です。

 

ここは、明治新政府以降、大蔵省の用地となりました。大蔵

省の正門の左奥に「将門塚」が安置されました。  しかし、

 

これが、後々の、天皇親政への「祟り」の始まりとなるのです。

 

祟った話は、来週以降へ・・・。

 


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