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東京税経メルマガ



明治新政府と将門公(2017/03/03)


おはようございます!
東京税経センター顧問の坂入です。

毎朝のメルマガは、硬い税務や経営の話だけを読み続
けると肩が凝ってきます。

週末の朝は、税務の話ではなく、わたくし個人の勝手な
趣味となっています「チャンバラ小説・時代劇小説」から・・・。
興味が無い皆さんにも、「こんな見方もあるのだなー」
と・・・・・斜めに読み流していただければ幸いです。

 

先週の続きです・・・。

将門公の「祟り」が本格化します・・・?まだです。

<明治新政府と将門公>

明治5年(1872年)、明治新政府の宗教を統括する

教部省は、「神田明神社」を「神田神社」と改称して、

主祭神であった「将門公」は、朝廷を祟る神、朝廷の

敵であるとの理由から神田神社の祭神から除棄する

ように要求しました。

 

江戸庶民を代表する、氏子でもあった神田・日本橋の

人々は、これに大反対し、かつ、当時の神田神社の神

官が、本居宣長の玄孫であったことから、新政府も強

行できず、東京府と神田神社との話し合いの結果、明

治6年将門公の神霊を主祭神から外して「摂社」に遷す

という妥協案が成立しました。

 

また、これまで社殿に掲げられていた、後水尾院や霊

元院から下賜された「神田明神社」の勅額は、将門公

を祀ることになるので外すように命じました。

 

今度は、氏子や関係者だけの反対の止まらず下賜した

後水尾院や霊元院の意思にも反するという理由から東

京府や太政官まで反対し、結局、太政大臣三条実美公

が揮毫した「神田明神」の額と取り換えることで決着して

います。

 

明治7年8月に、将門公の神霊は、境内の大国主神社に

仮遷宮され、同時に、常陸大洗磯崎神社から「少彦命」を

勧請して本殿に祀りました。将門公が主祭神から外れた

ことから、江戸っ子は、猛反発して、祭礼(天下祭りと称さ

れた「神田明神祭」)を中止しました。9月15日の祭礼日

に明治天皇が神田神社を訪れて参拝しましたが、それで

も氏子は納得せず、以後、祭礼は約10年間も復活しなか

ったと伝わります。

 

加えて、本殿への参拝は激減し、将門公を祀った「摂社」

だけに「賽銭」が集中したとも伝わります。

 

祭礼の復活は、明治17年になってから・・・・。

 

えっ!「祟る話は?」 祭礼と祟りの話は、来週以降へ!

 


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