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東京税経メルマガ



祟る神と江戸の街づくり(2017/02/17)


おはようございます!
東京税経センター顧問の坂入です。

毎朝のメルマガは、硬い税務や経営の話だけを読み続
けると肩が凝ってきます。

週末の朝は、税務の話ではなく、わたくし個人の勝手な
趣味となっています「チャンバラ小説・時代劇小説」から・・・。
興味が無い皆さんにも、「こんな見方もあるのだなー」
と・・・・・斜めに読み流していただければ幸いです。

 

またまた、将門公の話です、面白くなりますよ!

 

<祟る神と江戸の街づくり>

江戸幕府を開いた徳川家康の当面の恐怖は

朝廷を味方にした遠国の大大名の謀反でした。

 

そこで、幕府は「武家諸法度」を定めて、大名

の正妻と嫡男を人質として、江戸屋敷に強制

的に居住させ、大名本人は、1年おきに指定

された街道を通って、国元と江戸の間を「参勤

交代」させることによって幕府への忠勤を求め

ました。

 

そのために整備した街道は、五街道と称されて、

西へは「東海道」「甲州道」、北へは「中山道」「奥

州道」「日光道」でした。これら以外の参勤道は「

脇往還」として五街道に準じました。

 

前回述べました江戸城の防備の中心とする「濠」

を「のの字」に、「内濠」「外濠」「神田川」「日本橋

川」などを設けました。これらの「濠と街道が交差

する場所」に橋をかけて、「見附」と称する城門を

設置して、その通行を監視しました。

 

幕府は、これらの全ての「見附」の側に、朝敵で

ある、「祟る神将門」所縁の物を祀った神社を設

けて朝廷を担いだ謀反軍侵入の防備としたのです。

 

江戸城大手門・・・・・・・・⇒将門の首塚(首)

神田橋門・・・日光道・・・⇒神田明神(身体)

浅草橋門・・・奥州道・・・⇒鳥越神社(手)

田安門・・・・・中山道・・・⇒世継稲荷神社(首桶)

牛込門・・・・・中山道・・・⇒築土八幡神社(足)

虎の門・・・・・東海道・・・⇒兜神社(兜)

四谷門・・・・・甲州道・・・⇒鎧神社(鎧)

 

*現代の地図と併せてみてください。

 

家康は、街づくりの防備として、将門だけでは

なく、二重三重の体制を作りました。

それは、鬼門(江戸城の東北)の延長線上に

・・・次回に・・・。

 

 


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