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東京税経メルマガ



平将門(第2回)(2017/02/03)


おはようございます。
東京税経センター顧問の坂入です。

毎朝のメルマガは、硬い税務や経営の話だけを読み続
けると肩が凝ってきます。

週末の朝は、税務の話ではなく、わたくし個人の勝手な
趣味となっています「チャンバラ小説・時代劇小説」から・・・。
興味が無い皆さんにも、「こんな見方もあるのだなー」
と・・・・・斜めに読み流していただければ幸いです。

 

<平将門とは、どんな人>
平将門(たいらのまさかど)は、939年、自らを

「新皇」と称して、常陸・下総の国において、朝廷

・公家の政権に逆らって挙兵し、坂東(関東)に

新たな武士の国の創設を宣言しました。

 

朝廷は、将門を「朝敵」とし、藤原秀郷を討伐軍

の将と任命して派遣し、藤原秀郷は、成田山に

おいて、真言密教の祈祷によって戦勝祈願をし

て、ついには将門軍を打ち破りました。

 

捕らわれた将門は、京の都で打ち首となり、その

首は京の七條河原に晒されましたが、坂東に残

した「桔梗」という愛妾を忍んで、三日後に京の都

から坂東の地に向かって飛び去り、武蔵の国豊

島郡柴崎村(現在の千代田区大手町付近)の浜

辺に着地したと伝わります。

 

飛んできた将門の首を見つけた村人は、驚き、恐

れて、鎮守神であった「安房神社」の境内の一隅

に「首塚」を築いて将門公を祀りました。

 

現在の皇居の「桔梗濠」「桔梗門」に隣接するよう

に「将門の首塚」が祀られているのは、この名残り

だと言われています。

柴崎村は、その後、たびたび天災等に襲われたこと

から、将門公の祟りだと噂され、村の鎮守神である

安房神社に合祀して鎮魂を祈りました。

 

同時に、将門公の身体部分が埋葬されていた、下

総の国猿島郡の「神田山」から、その身体部分を掘

り出して、柴崎村に移送して「首と身体を一緒にして

供養」しました。

これが、現在の「神田明神」の始まりです。

今日は、ここまでです。来週をご期待ください!

 


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